お勧め観光ルート

写真 漁師の日常にふれる旅。わたしたちがご案内します。

詳しくはこちら

携帯サイトはこちら
マグロ専科
大間で水揚げされるマグロは平均100キロ前後、7〜8才ぐらいだと思われます。

マグロは泳ぐのをやめると死んでしまうと言われています。
普通は時速40キロ程度で泳ぎ、身の危険を感じたときや獲物を獲るときなどは最高時速120〜130キロのスピードを出すといわれています。

マグロは自分の体温より少し低い海域を泳いで回るといわれており、体温が20度から18度とされているので、夏は水温の低い北へ、冬は水温の上がる南へと移動し、だいたい水温15度前後の海を生活の場にしているそうです。

5歳以降は、太平洋を回遊しているものが多いのですが、産卵場が南西諸島からフィリピン東方沖のため、アメリカ、カリフォルニア沖で南北移動をしていたマグロ等も産卵のため再び太平洋横断を行います。マグロは広い太平洋を回遊しているのです。

マグロ写真

マグロの漁法について
一本釣り漁法
大間の代表的なマグロ漁法です。
針の先にいかやブリの幼魚などの生餌や、大間の漁師秘伝の死んだサンマやトビウオなどを生きているかのように見せる仕掛『疑似餌』を海に投げ入れ、マグロのヒットを待ちます。
かかったら、基本的には手で引いて巻き上げます。(巻揚機を使用しているが増えました。)
最近では船の近くまで来たら、電気ショッカーを使うことにより一時的に感電させ、失神させてから水揚ができるようになりました。
おかげで一番暴れる船際で取り逃がすことは少なくなってきました。
最後にモリをマグロの急所であるエラ付近にとどめを刺し勝負は終わります。 鮮度保持のための血抜き生〆作業を施したあと、船尾にくくりつけ意気揚々と帰港します。(ウインチを装備している船は船に揚げます。)

延縄漁法
最も一般的な漁法です。
ブイかガラス玉を付けた幹縄に釣り糸のついた枝縄をつるして海に流してマグロを捕獲します。 縄の全長は約5キロ、70本ぐらいの針が40m〜50m間隔でついています。

そのほかの漁法として、建網漁法、巻き網漁法がありますが大間では行っていません。
マグロ豆知識

@マグロは速く泳ぐため、ヒレが抵抗にならないように体の中に折り込まれるための溝があります。
Aマグロは昔から食用とされていたが、腐敗しやすいということもあり高級魚としての扱いは受けていませんでした。
冷凍技術の進歩や健康志向で日本食が見直されて需要が高まり、高級魚として扱われるようになりました。
B1995年の統計で、世界のマグロ漁獲量191万トン。日本の消費量は71万トンと圧倒的で、そのうち60万トンが寿司、刺身等の生食用として消費されています。
C魚市場でセリにかけられるマグロの姿から、何らかの事情で横たわったまま動かない人間を、比喩的に「マグロ」と呼ぶ隠語があります。
Dヨコワ、メジ、チュウボウなどと呼ばれる出世魚。

大間のマグロ漁師

『大間町史』より

明治時代からの大間のマグロ漁は大謀網や一本釣りであった。
昭和30年(1955年)代になって、漁船の大型化が進み漁具の進歩と相まって豊漁を続け、その独特な漁法はマスコミ各社で取り上げられたのをはじめ、
吉村昭の小説「魚影の群れ」で全国的に脚光を浴びた。

市場では大間のマグロといえば超一級品の名を受け、高値で取引されるほどの活況を見せていたが、昭和50年(1975年)前後を境に魚影が薄くなり、つい最近まで大間沖からの水揚げはほとんどなかった。
その原因については、海流や水温の変化などさまざまいわれている。漁師の一部には青函トンネル工事が原因ではないのかと指摘する者もいたが、県の調査で「影響はない」とされ、最近になっての好漁と併せ、生態系にはまだ不明な点が多い。

魚影が消えておよそ10年ぶりに「マグロが来た!」と浜が活気づいたのが平成5年(1993年)10月のことである。
平成6年には440キログラムの超大物が捕れた。(※1)
以来、毎年100〜300キログラムクラスのマグロが水揚げされるようになり、平成7年には22トン・1億7650万円、平成9年は12月末までで前年を大きく上回り、170トン・4億7800万円に上っている。
このうち1本30キロ以上のものが615本、100キロを超える大物が213本水揚げされた。
大間のマグロは、大間崎沖1〜3キロメートルで釣れる近海物だけに、東京築地市場でも値が高く、
外国産の冷凍マグロが1キロ当たり7000円前後なのに対し、軽く数万円の値がつき高値のため大物はほとんど大市場へ直送され「地元でおいしいマグロがなかなか口に入らない」と嘆く声もある。(※2)

かつてのマグロ漁は7月から10月ごろまでが漁期となっていたが、近年は9月から12月と変わってきている。
また平成8年のシーズンは7月ごろからマグロの姿が見え出し、年を越して平成9年1月になっても水揚げされており、その原因については「地球温暖化など水温が高いため」ではないかといわれている。

マグロ漁のエサにはイカやサンマ、トビウオなどが多く使われているが、中にはエサにするトビウオを買い付けに富山県まで出向く漁師もいるという。
漁の技術にもしだいに工夫が重ねられ、エサにするトビウオのひれに針金を付けてトビウオが生きているように見せる仕掛けなどが考案されるなど、こうした漁法は大物を釣り上げるのに数時間にわたり格闘することもある命がけのマグロ漁を続けるうちに工夫されてきたものである。

特筆すべきは、彼らが惜しげもなく、この漁法を北は北海道から南は潮岬までの漁民に指導し、沖縄県石垣島からも数人の青年が当町に来て学んだことである。

こうした命懸けにも近い大間のマグロ漁に生きる漁師を題材に書かれた前出の小説「魚影の群れ」は、相米慎二監督によって映画化された。
主演の故夏目雅子やマグロ漁師に扮した緒形拳ら全スタッフが当町に泊り込んで、昭和58年6月から9月までロケが行われ話題となったものである。

(※1)このマグロは大間崎のモニュメントのモデルとなりました。
(※2)近年は地元へ供給される量も増えているようです。

近年では、平成12月4〜9月に放送されたNHK連続テレビ小説「私の青空」(脚本・内館牧子) の
舞台となったことがきっかけで、大間のマグロ一本釣り漁が全国のお茶の間にまで知れ渡り、
「大間マグロ」がブランド視されるようになりました。
そして迎えた平成13年の築地の初セリで、前代未聞の1キロ10万円という最高値が付けられたのです。
以降、年末年始の恒例と言われるほど、大間のマグロ漁やマグロ漁師たちがドキュメント番組で取り上げられるようになり、テレビに登場した漁師に会いたいと、当町を訪れてくださるお客さんも増えています。